2023年3月後半の日記 

2023/3/30

昨夜はもぐら会定例読書会の日で、しかし今月は月初に2月分の読書会延期版をやっていたので、昨日は「AIとは友達になれるか」についてみんなでディスカッションした。積み重ねてきた人生がないから、肉体がないから、思想がないから、感情がないから、AIとは友達になれないと思う、といった意見に対して、逆に生身の人間にはどうしてそれがあると思うのか、ツイッターで知り合うような相手とAIは何が違うのか、AIがもし生身の人間に扮したらその違いを感じるのか、といった話で盛り上がった。

私はどうだろうと考えてみると、たとえば一見ごく普通の人が、ポケットから突如、手のひらいっぱいのひまわりの種を出してきたら、一体何事かと興味を持つけど、AIに「あなたのポケットの中には何が入っていますか」と聞いて「ひまわりの種です」って答えてきても、(ツイートしたらバズりそう)と思うくらいで、それ以上の興味はわかないと思う。その人が社会に今見せているものの隙間から、見せていなそうなものが漏れ出たら興味を持つと思う。chatGPTにも、どこかを突けば突然本性表すかもしれないというロマンを感じないわけでもないけど、今はやっぱり社会性だけの存在って感じで、どんなにずれたこと言っても人間ほど興味を持てない。だけど、ツイッターに人間に化けて紛れ込んでいたらわからない。たくさんツイートする中に、ちょっとずつ微妙なズレがあったら「この人の世界はいったいどうなってるんだろう」って、目を離せなくなるかもしれない。

2023/3/29

数日前に、友人と家族と食事をした店にクレジットカードを置き忘れていたらしく、昼過ぎに取りにいく。その後立ち寄った喫茶店で電子タバコを吸って、パソコンを立ち上げて少し仕事をして、それからトイレに行こうと席を立った瞬間、ついさっき自分が吸った電子タバコのタネが、ステンレスの灰皿の上に、さながら茶柱のように直立しているのに気づく。何気なく置いたつもりが直立に立っている奇跡。私が立ち上がった拍子にテーブルが揺れて、それに伴ってタバコのタネもゆらゆらと儚げに揺れているが、それでも必死に立ち続けている。茶柱のようであり、かつど根性大根のようなたくましさもある。体に悪いが志は高い。

ハマり度抜群のゲーム「コンビマンション」を始めてしまって隙間時間に廃墟の修繕。さらにその隙間時間に、河村書店で紹介されていた『欲望の見つけ方』(ルーク・バーシス/早川書房)を読んでる。

2023/3/28

タツヤさんは本来今日名古屋に戻る予定だったけれども、昨夜のコパチンスカヤがあまりにも素晴らしかったので、今日も見たいよね、ということになり、帰宅を一日伸ばして当日券を買って、再びコパチンスカヤ。あの素晴らしいものを子供たちにこそ見せなければと思ったので、今日は家族で行った。都響の公演は25歳未満は大人の半額。今日の席は大人一人7000円、子供は一人3500円。コパチンスカヤがゲストで、人数の多いオーケストラで、さらにこの公演には後半のほんの一瞬のために、合唱団も、パイプオルガン奏者も登場する。これだけの規模の公演をこの価格で見られるというのは恵まれているなと思う。Kpopのライブはこの3、4倍はかかる。

昨日あまりにも強い洗礼を受けたので、今日は昨日より余裕を持って聞いた。

終演後には、公式プログラムに解説を書かれている小室さんにばったりお会いし、ありがたい解説を聞かせていただいた。コパチンスカヤは学生時代から「やりすぎ」と言われ続けていたが、断固としてそのスタイルを貫き、今ではそれが彼女の良さと周囲を唸らせるまでになったそうだ。

2023/3/27

サントリーホールで東京交響楽団の定期演奏会。目当てはゲスト出演するバイオリニストのパトリシアコパチンスカヤ。数年前に一度名古屋で聞いて以来、二度目。楽しみにしていた一方で、私はここ最近、自分にしてはやや活動的すぎたので少し疲れていた。疲れていると、新しい音や生のエネルギーを受け取ることに消極的になってしまうので、今回もコンサートが始まるまで、少し警戒心があった。ところが始まるや否や、ガチガチになっていた体からすーっと力が抜けていくような、体が浮かび上がるような心地の良さに包まれ、途端に、今日は来てよかったー、と思った。まだコパチンスカヤは出てきてもいないのに。

「虹」と名付けられた一曲目は、リゲティという現代音楽の作曲家が、民族音楽やジャズにヒントを得て作った曲らしい。本当に奇妙な曲だった。モスキート音かっちゅうくらいの高音が鳴り続ける中で複雑なリズムが繰り返される。何かすごくわかりやすいドラマがありそうかと思えば簡単には掴ませてくれない、もやもやもやもや、カラフルで可愛い悪夢の中にいるかのようだった。一曲目は一瞬で終わって、二曲目でついにコパチンスカヤが登場。左手にバイオリンと楽譜を高々と掲げ、裸足で、さながら自由の女神みたいに登場。コパチンスカヤのバイオリンの音が聞こえてきた瞬間、自然と深いため息が漏れた。彼女のバイオリンの音色は他のバイオリンの音色とは違って、乾燥したハスキーボイスで、だから余計に人の声のようにも感じられ、本当に心地がいい。緊張感のある小刻みなリズムから、静かに歌うような(実際歌っていた)メロディを経て、次第に盛り上がりを見せる終盤。突如足を踏み鳴らし、奇声を上げ、動物化するコパチンスカヤ。彼女はさらにオーケストラの団員の皆さんをも巻き込んで動物に変え、しまいには観客たちにも声をあげろと促す。「アーっ!」「アーっ!」この日、幸いにも前から二列目、彼女のほぼ目の前で聞いていた私も恥ずかしさを忘れて、促されるままに「アーっ!」「アーっ!」と叫んでいた。満足げに慈悲深く微笑む彼女を見て、胸がいっぱいになった。こんなにも伸び伸びと、それでいて力強く、自らの奏でる音で、現代社会に浸かりきった私たちを一瞬で解放してしまう人がいるなんて。かっこよくて、うらやましくて、涙が出てきた。前半の二曲が終了し休憩に入ってもしばらく立ち上がれなかった。

後半は、前半とはステージの様相が大きく異なっていた。ステージ後方上部に、黒い服を着た合唱団の人たちが大勢出現した。この日の三曲目はバルトーク「中国の不思議な役人」。曲が終盤に差し掛かった頃、背後の合唱団の人たちが突如勢いよく立ち上がり歌い出すシーンにはぞくっとした。地獄の審判ってこんな感じなのかな、と思うほどの迫力。そしてついにこの日のクライマックス、四曲目リゲティ「マカーブルの秘密」。前半に引き続きコパチンスカヤが現れた瞬間、会場がざわめいた。なにしろ彼女は前半とはがらりと衣装を変えて登場したからだ。何枚もの新聞紙と膨らませたゴミ袋とを、黒いビニールテープで留めた手作りドレスに身を包んだコパチンスカヤ。顔は白塗り、体の至る所に、傷跡のように黒のビニールテープをばってんにして貼っていた。なんでもこの衣裳もまた、彼女自身のアイデアだという。思いがけないブリコラージュ。公式パンフレットによると「マカーブルの秘密」は、”退廃的な架空の国であるブリューゲルランドを舞台に、地獄からやってきたネクロツァール(死体+皇帝という意味が込められた名前)が彗星がぶつかって世界が滅びると予言。しかし誰もまともに取り合わず、皆が自分の欲望に沿って行動を続けるという極めてグロテスクで不条理なコメディ”の一部分とのこと(音楽ライター小室敬幸さんによる解説)。自ずと一昨年話題になった映画”Don’t look up”を連想するが、実際この演奏中にコパチンスカヤもまた”Code name: Don’t Look UP!”と歌っていて、クスッと笑えた。そう、この曲でコパチンスカヤは最初から最後まで、バイオリンを弾きながら歌まで歌ったのだった。それも、ものすごく上手だった。彗星が落ちてくるぞ!と人々にヒステリックに警告し続ける(が一切無視され頭のおかしいやつだと思われる)秘密警察ゲポポに扮し、プスっ、プスっ、とか、シュシュっとか、終始意味不明な言葉を発し続ける。本当に楽しかった。最高だった。こんな気持ちになって帰るとは、来るときには思いもしなかった。

3/26

ニューヨーク在住のもぐら会メンバーにオンラインで登場してもらって、もぐら会のみんなで話を聞いた。きっかけは彼女が日本に一時帰国した際の所感を書いた原稿。1分の遅れでも車掌さんが繰り返し謝罪する、整然とした日本の電車の中と、本来止まらない駅に無理を言って電車を停車させるような人が現れる「めちゃくちゃ」なニューヨーク。彼女の原稿を読むたびに、同じ民主主義下での街のありようの違いはどこから生まれるのだろうと考える。ニューヨークでは、人の目を気にしなくていいと感じるそうだ。「人の目を気にする」という無意識に自分がいかに自分が縛られているかについては、ダイアローグインザダークの中で初めて気付いた。わずかな光も差さない暗闇の中に入ると、最初は怖くてパニックになりそうになるけど、慣れてくるとどんどん自由になる。明るく見通しの良い世界で、それでも人の目を気にしないでいられるって、どんな気分だろう。

午後には幕張の本屋lighthouseに行った。友人の高橋くんが繋いでくれて、5/6にここでイベントをさせてもらうことになったのだった。高橋くんは古き良き正統派のサブカルスタイルをストイックに守り抜いているかなり面白い青年で、ちょうど一年前、もぐら会で開催した企画展を手伝いにきてくれたときには、当時私がやりとりしていた国際ロマンス詐欺、アンディという男の顔写真を印刷したTシャツを着て登場(するも、その場では誰ひとり気がつかなかった)。

lighthouseはとても素敵な本屋さんで、気づいたら『学校する体』(矢野利裕/晶文社)、『ナンセンスな問い』(友田とん/H.A.B)、『インターネットは言葉をどう変えたか』(グレッチェン・マカロック 訳:千葉敏生/フィルムアート社)と、lighthouseトートバッグを買っていた。財布の紐を緩ませる素敵で危険な本屋さん。

2023/3/25

文化系の人たちが集まるパーティで、たくさんの人に会った。日中は雨に引きずられ体調が悪かったけど、店に行って久々に会う友人たちと話していると、だんだん調子が戻ってきた。年に一度くらいしか会わない人もいれば毎月のように会っている人たちもいて、西の人、東の人、森の人、オフィスの人、普段出会わなそうな人たちが出会って話しているのが面白かった。

2023/3/24

息子の友人であり東京藝大2年生の平間ミーナちゃんがライブペインティングをするというので、友人と家族とで見に行ってきた。会場は日本橋アナーキー文化センター。日本橋アナーキー文化センター。なんじゃそりゃ、と思って調べてみるとデザイナーのミハラヤスヒロさんプロデュースのギャラリーらしい。私はおしゃれな世界へのアレルギーを持っていて、謎のアレルギーブロック注射を打ったおかげで花粉症は治ったがおしゃれな世界へのアレルギーは未だ治っていないので正直警戒心を持って行った。そして案の定会場にはおしゃれな人が大勢いて、おしゃれな再会を果たしていた。TOKYOを感じた。しかしそんな大人たちの喧騒の中、ミーナちゃんは一人、脅威の集中力で、作品を体から生み出そうとしていた。スケルトンハウスに蟄居し、ときに寝転がったり、ときにバナナやパンを食べたり、お茶を飲んだりしながら思索に耽り、ついに立ち上がったかと思うといきなりキャンバスをハンマーでボコボコに破壊。そこに、くしゃくしゃにしたファミリーポートレイトをはりつけ、黒い縁で囲み、口の中に容赦なく絵の具を流し込んだかと思うとドバッとキャンバスに吐き出す。2時間以上のパフォーマンスだったが、終始ただならぬ緊張感を漂わせ、すっかり見入ってしまった。

2023/3/23

友人が戸塚のこよりどうカフェというお店に連れて行ってくれた。お寺の敷地の一角にあるこのカフェは子育て支援をやっているNPOの方々が中心となって運営されているということで、お母さんと一緒にランチにきたキッズをスタッフの方が上手にあやしたりされていて、子連れでもゆっくりランチができる。寺の飼い猫も人懐っこい、良いカフェだった。今年はもぐら会式お話会をいろんな場所で、いろんな街の人とやってみたいと思っていて、その会場にぴったりなんじゃないかと友人が紹介してくれたのだった。天井が高い、ドーム状の建物。良いお話会ができそう。

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