WEラブ赤ちゃんプロジェクトへの「京都府子育て環境日本一推進会議」賛同に際しスピーチ動画を寄せました。

2021年11月上旬、京都府にて「きょうと子育て環境日本一サミット」が開催されました。京都府を中心とした「京都府子育て環境日本一推進会議」がWEラブ赤ちゃんプロジェクトへの賛同を正式に表明されたことに対し、紫原明子が動画にてスピーチを寄せました。

スピーチ全文

京都府のみなさんこんにちは。
泣いてもいいよステッカーの発起人の紫原明子です。
この度は京都府をはじめとする、京都府子育て環境日本一推進会議のみなさんがご賛同してくださったとのこと、本当にありがとうございます。

私は普段エッセイを書くことを仕事としています。今日は、そんな私がそんな私がなぜこのステッカーを必要だと思ったのか、どんなふうに実現したのかを、お時間をいただいたので少しお話しさせていただければと思います。

始まりは2015年のある冬の日です。とあるコーヒーショップでの出来事でした。
店内は、私を含む仕事中の人や、テキストを広げて勉強中の学生、おしゃべりに花を咲かせる女性達など、多くのお客さんで賑わっていました。
そんな中、私の向かいの席には、赤ちゃん連れのママさんが座っていました。

赤ちゃんは最初のうちぐっすり眠っていましたが、途中目が覚めると、途端に元気よく泣き始めました。店内はもともとがやがやとしていたので、そこに多少赤ちゃんの泣き声が響いたところで私は全く気にならなかったけれど、それでもお母さんは周囲にとても気を使って、一刻も早く泣き止ませようと、懸命に赤ちゃんをあやしはじめました。

そんな様子を見ていて、ふと昔の自分のことを思い出しました。
私は19歳のときに最初の子を産んだので、今では長男は19歳、長女は16歳です。二人とも独り暮らしや留学で家を出てしまい、今では一緒に暮らしていません。だから私にとって子育てはもう半分終了したようなところもありますが、それでも、2人が赤ちゃんだったころの記憶は鮮明に残っています。やっぱり、目の前にいたお母さんと同じように、周りの人に迷惑をかけてはいけないと、いつも努めて気を張っていました。

それでも一度、ショッピングモールのレストランで子どもが大きな声を出してしまい「うるさい、出て行け」と近くのテーブルのおじいさんに怒鳴られたことがありました。

気をつけていたはずなのに迷惑をかけてしまった、そんな親としての不甲斐なさがこみ上げてくるのと同時に、子どもはそんなにも社会のお荷物なのだろうかという気持ちと、子を守る者として、決して社会に甘えてはいけないのだという心細さと、色々な感情が入り混じって、つい涙が出てしまいました。

目の前のお母さんも、当時の私と少なからず似た気持ちを抱えているのだと思うと、赤ちゃんの泣き声は全く気になりませんよ、大丈夫ですよ、という気持ちを何とか少しでも伝えなければと思いました。

それで、赤ちゃんに向かって笑いかけたり、私の出来る最大限の温かい眼差しを意識して送ったりもしてみたけれど、他人からの視線というのは、ともすれば「うるさくてじろじろ見ているのかも」といった、真逆の意味にも捉えられるかもしれないし、そうなると余計にお母さんを追い詰めてしまうかもしれません。

せめて、「可愛いですね」なんて気さくに声を掛けてあげられるといいのだけれど、なかなかそこまでの勇気も出せず。もっと気軽に、「大丈夫ですよ」の気持ちを伝えられる方法があればいいのにとな、と思いました。

そんなときふと目に入ったのが、目の前で“どや”と言わんばかりに意識高く広げられていた私のノートパソコンです。仕事をしている風を装おってその実、TwitterとFacebookしか開かれていませんでした。

IT業界では昔から広報の一環として、企業やサービス名のロゴのステッカーをお客さんに配る習慣があり、受け取った人は、ステッカーをノートパソコンの天板やスマートフォンの背面に貼ります。例によって私のノートパソコンにもたくさんのステッカーが貼られていたわけですが、ここにもし「私は赤ちゃんが大好きですよ」「赤ちゃんが泣いても全然気にならないですよ」といったメッセージが明示されたステッカーが、さりげなく貼られていたとしたら。そしてそれが、向かいに座っているお母さんの目に入ったとしたら。ほんの少しでも、目の前のお母さんの焦りや不安を軽減してあげられるのではないかと思いました。

そこで、ちょうどそのころ、ご縁あってやりとりしていたエキサイト社の皆さんに「こういうステッカーを作りませんか?」と、図々しくもFacebookを通じて呼びかけてみたんです。

個人でひっそりとやってもいいけれど、どうせなら同じような思いを持つ周りの人と一緒になって、より多くの人が使えるものになるといいなと思ったのです。すると、編集部の方からは、なんとその日のうちに「作ります!」という力強いお返事をいただき、その数ヶ月後に晴れて、“WEラブ赤ちゃん”ステッカーとして実現することとなったのです。

あれから5年の間、エキサイトの皆さんが地道に取り組みの輪を広げてくださったおかげで、今回このように京都府のみなさんにもご賛同いただけることとなりました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

このステッカーについて、新聞やテレビで大きく取り上げていただくたびに、いつも言い添えていることがあります。それは、このステッカーが、誰かの感じ方を否定するものではないですよ、ということです。私は、赤ちゃんの泣き声を聞くと元気が出ます。街が新しい命を迎えられていることにも、大人たちがどこか窮屈さを感じながら下を向いて黙っている中で、そんなことを気にせず、元気に泣き声をあげてくれる存在があることに、ほっとするんです。
だけど、当然世の中には赤ちゃんの泣き声をうるさいと感じる人もいるでしょう。人によって感じ方が違うのは当然のことです。だから、このステッカーも、赤ちゃんの泣き声をうるさいと思う人に、うるさいと思わないでください、と伝えることが目的ではありません。そうではなくて、赤ちゃんが泣いても気にならないよ、赤ちゃんを大切に思っているよ、という人たちの声を、今よりもう少しだけ見えやすくすることにあるのです。

ここ数年、保育園の新設や運営に伴う騒音の問題が相次いで報じられています。
中には、騒音を理由の一つとして、近隣住人達との調整がつかず、保育園の新設計画そのものが中止されたという事例もありました。ところがそれを受けて2016年、毎日新聞が「近所に保育園ができることを迷惑だと思うか」と尋ねる全国世論調査を行ったのです。すると結果は意外なものでした。「迷惑だと思わない」と解答した人が全体の86%と大多数を占め、「迷惑だと思う」と答えた人は全体の6%に過ぎなかったのです。

ステッカーを作る上で、「赤ちゃんの泣き声を許容するのは当然のこと、そもそもそんなステッカーを作る必要がないのでは?」といった声も聞かれました。もしそうであれば、それは何より理想的なこと、素晴らしいことだと思います。けれども現実には、ポジティブな大勢の人の声というのはなかなか表に現れにくく、ともすればネガティブな少数の人の声に、容易にかき消されてしまいかねません。誰かの「うるさい!」という怒鳴り声や、冷ややかな視線は、たった一回であろうとも親たちの心に深く刺さり、それ以降、多くのお父さんやお母さんの目には、世の中全体がひどく冷たく、厳しいものに感じられてしまうのです。

昨年、日本で生まれた赤ちゃんの数は、84万832人でした。これは統計史上、最も少ない数だそうです。ご存知の通り、少子高齢化は日本の深刻な問題ですが、一向に歯止めがかかりません。これに加え、さらにショッキングなニュースがあります。昨年度、日本で自殺した子供の数は、これまでで最も多い415人だったというのです。生まれてくる子供の数は年々減少し、せっかく生まれた子供たちが、次々と自ら命を絶ってしまう。果たしてこれが私たちの望む社会のあり方でしょうか? 私たちの社会は、どうしてこんなにも窮屈になってしまったのでしょうか。

去年から今年にかけて、世界中が新型コロナウィルスの脅威にさらされました。これによって、私たちの日常は大きくあり方を変えました。昨年度、子供の自殺が増えた背景には、もともと家庭の養育環境が不適切だったところに、学校の休校が追い討ちをかけ、子供が逃げ場を失ってしまったことなどが原因の一つにあると言われています。
では家庭だけを、親たちだけを責めれば、子供は守られるのでしょうか? 私は決してそうは思いません。子供の一番の居場所が家庭であるとして(私は必ずしもそうであるべきとは思いませんが)、その家庭は、社会の中にあります。子供を育てる親御さんが子育てに難しさを感じたとき、何らかの事情で追い詰められてしまったとき、もし社会が親御さんにとって信頼できるものであったら、親御さんがSOSの声をあげることができたら、家庭の中にいる子供達も、今よりずっと安心して、安全が脅かされることなく暮らせると思うのです。

大人が余裕を失ったとき、その影響を最も受けるのは、社会の中で最も弱い存在である子供達だといわれています。特に今は、長引くコロナ禍で大人たちもいつも以上に不安を抱え、ストレスを溜め、日常が思うようにままならないという現実があります。だからこそ大人たちが支え合って子供たちを守る。社会全体で子供達を育てる。私たち大人が、そんな意識を強く持たなければなりません。ひとりでは生きていけない、か弱い存在を、暖かい目で見守り、みんなで育てていくよ、たまには泣いてもいいんだよ、そんな空気を目に見える形にして、社会に広めていくことは、必ずしも赤ちゃんや親御さんのためだけでなく、社会全体にとって、近年ますます切実に必要になっていると感じます。

ですから今回、京都府子育て環境日本一推進会議において、このステッカーの趣旨に賛同し、取り組みをスタートしてくださった京都府のみなさまに、発起人として、また子供を持つ一人の親として、改めて深くお礼を申し上げます。地域に根ざした官民が一体となって、子育て環境をよりよくしていこうという試みは、今の日本に何より必要とされているものだと感じます。個人的にも、京都は年に何度も訪れる大好きな場所です。思えばちょうど去年の11月は、南禅寺で美しい紅葉を見たり、仁和寺をお坊さんに案内していただきながら散策したり、京都の街を満喫していました。他のどんな地域より歴史を重んじ、歴史とともに生活される京都のみなさんが、地域全体で新しく生まれてくる命を大切に育まれること。それは、世界に誇る日本文化の継承という意味においても、最も本質的なことだと感じます。
泣いてもいいよステッカーが、美しい京都の街に根付き、子育てに優しい街としての風土作りを、一層後押しするものとなることを、心から願っております。今回、実際に伺って皆様にお会いできなかったことは本当に残念ですが、きっとすぐにまた足を運ぶことになると思いますし、その際、通り過ぎる誰かのスマートフォンに「泣いてもいいよ」ステッカーが貼られてあるのを見かけることができたら、本当に嬉しく思います。

ありがとうございました。

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